SCRAP BUILDING編が完結した第4話、海外掲示板は「誰でも死に得た投票ゲーム」と「ふわふわなはずの綿が一番グロい」という話題で持ちきりになりました。
デスゲームの1つとして流すのではなく「ユウキのメンタル」と「世界設定」を同時に考察してくるあたり、だいぶハマっている人が多いみたいです。
海外の反応
みんなが正直に投票したと仮定すると、
・ユウキ:他の4人全員の名前を書いた
・ミシロ:チエに投票
・ケイト:コトハに投票
・コトハ:ケイトに投票
・チエ:コトハと自分以外には入れないだろうから、関係性からしてユウキに入れた可能性が高い。結果として、
- チエ:1票+ユウキのランダム票の候補
- ケイト:1票+同上
- コトハ:1票+同上
- ユウキ:1票(チエから)
- ミシロ:ユウキ票が当たれば候補
つまり、ユウキ以外なら誰が死んでいてもおかしくなかったんだよね。

「チエ、やっぱり何もしてないから…」で済ますのではなく、全員の投票内容がかなり真面目に議論されてるのね。
「能力のない人が処分された」じゃなく、「システムと運によって排除された」というニュアンスで語られていて、全員に投票というユウキの行動への視線もそのせいでかなりシビアになってるみたい。
ユウキが全員分の名前を書いたのは、誰か一人を殺した責任から距離を置くためだと思う。
投票の解釈をゲーム運営側に丸投げすれば、「誰が死んでも私のせいじゃない」って言い張れるからね。

最適解を狙ったのではなく、責任の所在をぼかすためと解釈しているのが面白いわね。ほかにも、
- 「2ゲーム連続で“最後の死”を決めたのはユウキ」
- 「勝つためなら誰が消えてもいい、というスタンスが一貫している」
と指摘している人もいて、そういう人たちはユウキを「善人っぽく振る舞っているけど、倫理的にはかなりヤバいプレイヤー」って見てるみたい。
ラストでエージェントがチエの部屋に入ったとき、巨大な綿の山と、そこに乗ったチエのリボンとドレスだけで、何が起きたか全部分かるのがエグい。
「綿だから視聴年齢を下げられる」って説明されてたけど、これは単なる規制じゃなくて、物語に組み込まれた検閲として機能してるんだよな。想像の余地がある分、むしろ生々しいわ。

「ふわふわの綿だからこそグロい」「綿の山+リボンの一枚絵で震えた」という感想がけっこうあったのよね。
「ダンガンロンパ的な、マンガっぽい流血の系譜」「TV的グロ規制と作中世界のビジネス構造が直結しているのが新しい」と、表現手法として高く評価してる人もいたみたい。
エージェントって、選手のマネージャーみたいなもんでしょ。
スポーツ選手の代理人がチームじゃなくて選手側の人間であるように、このゲームでもエージェントはプレイヤーと契約してて、同じ子をずっと担当してる。
だからあの綿の山にしがみついて泣くんだよ。「エージェントはポケモンのナズロックやってる」ってコメ見て笑ったけど、推しプレイヤーが死んだら二度と戻ってこないって意味ではまさにその通りだよな。

エージェントについては、「同じ子を繰り返し担当するタレントエージェント」「感情移入しすぎると、自分もメンタル壊れる地獄の仕事」ってコメントもあったわね。
ユウキのエージェントが彼女とよく似た銀髪だったり、車内でミシロとエージェントが親子みたいな距離感だったりってとこから、血縁関係、または元プレイヤー説を唱える人もいたわよ。プレイヤーだけでなくエージェント側のストーリーも想像してるのね。
このゲームの構造って、完全に学校のグループ課題のメタファーなんだよね。
- みんなで協力しないとクリアできない
- でも最後には“誰か一人”を切らなきゃいけない
- 一番何もしなかった人(=チエ)が最終的に「追放」される
ミシロは「リーダーシップを自称してるけど、実際には他人を踏み台にしてるだけの人間」として設計されてて、このゲームはまるごと「ミシロに欠けている点」と「ユウキの哲学」を見せつけるために作られてるように感じた。
真のリーダーは、ただ人を踏みつけてゴールするんじゃなく、全員を連れてゴールまで行ったうえで、最後に誰を切るかという責任を背負う人間。だからこそ、ミシロはここで一度へし折られなきゃいけなかったんだと思う。

このコメントはかなり支持を集めてて、「1ゲームごとにテーマがあって、ユウキは視聴者目線でそれを読んで攻略している」って意見もあったのよね。
GHOST HOUSE編:人間不信と分断を煽る、極悪難度の対立煽り型
SCRAP BUILDING編:協力すれば全員生存も可能だけど、最後に誰か一人の責任を問うプロジェクト型
って感じで見てみると確かにユウキの動き方も違ってて、「ユウキはゲームのテーマを読んで最善手を選ぶプロゲーマーで、そこに視聴者の視点を重ねてる」ってとらえてる人もいたわね。
「ユウキ=理性的な狂人」という見方
今回興味深かったのは、「ユウキの異常性」の受け取られ方です。
単に「冷静で頭がいいデスゲーム主人公」ではなく、
- 「結構強いサイコパスの傾向があるのでは?」
- 「でも完全なモンスターではなく、ところどころ人間臭いのが逆に怖い」
と、精神構造そのものが分析対象になっていたようです。
具体的に挙げられていたポイントは、
- 自分の行動原理を「ルール」としてナレーションしている
- 強い感情(嫉妬・怒り・喜び)をほぼ感じていない
- なのに、ミシロ相手だけ明らかに非合理な行動を取る
- 「他人が依存してくれること」を好みつつ、「自分を拒絶する相手」にも惹かれている
この「ルールで自己を制御している理性的な狂人」という姿から、「どのゲームで、そのルールが破綻するのか?」「ミシロや他の再登場キャラが、そのトリガーになるのでは?」という議論もありました。
まとめ
「デスゲーム作品」としてひとまとめにするのではなく、「ゲームデザインのテーマ性」「検閲表現」「プレイヤーとエージェントの関係」まで含めて、構造としての面白さを味わう作品として扱われているようです。
今後、別ゲームでミシロや他の生存者がどんな形で再登場するのか。そして、そのときユウキのルールがどこまで保たれるのか。そこが一つの大きな見どころとしてとらえられているみたいです。
ネタ元:Reddit



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